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NO to YES!です

2023年冬休み保養無事終了しました。

たくさんの人たちに応援してもらい、冬休み保養は無事に終了しました。





小学校2年生~19歳まで、14名、ボランティアスタッフ10名 合計24名

12月23~30日までの保養でした。





冬休み保養を、4年ぶりに再開することで、これまでの冬休み保養では、必ずといっていいほど

インフルエンザ等の風邪が流行り、帰りのフェリーでも熱を出している子もいたので、この短い期間中に体調を崩し、元気に帰せるのか?が、とても心配でした。

フェリーなどの交通機関も、往復共に無事に運行するか?

ケガなどなく終われるか?

とにかく考えだすときりがないほど「心配事」ばかりでした。


体調を崩してしまう子は、やはりいました。

そのため、企画していた、お餅つきと雪あかりイベントを中止することにしました。

たぶん、この状況は、どんどん体調を崩す子が増えていくだろうと考えたからです。

けれども、高熱を出していた子たちは、翌日には「もう元気!だから外で遊びたい!」「もう大丈夫!体が軽くなったから!」など言って、外遊びをしていました。(とはいえ、やはり夜になったらまた体調を崩してはいましたが)

でも、うつったり、広がったりせず、その2日間ほどで収まりました。

とても安心しました。


夏休み保養の復路は、船がとても揺れ、酔ってしまう子、吐いてしまう子も多かったので

冬はきっともっと揺れるだろう、、、と身構え、酔い止め、ビニール手袋やハイターなどの漂白剤まで持ち込んで舟に乗りました。ところが、割と波も穏やかで、みんな元気に往復のフェリーを楽しんでいました。



北海道の冬、雪がたくさん積もった場所へ行くこと自体「初めて!」という子が今回はたくさんいました。

天気にも、とても恵まれ、毎日とても楽しそうに遊んでいました。


不安なことや、心配なことだらけ、そもそもお金大丈夫なのか?という懸念しかないはじまりだったのですが、振り返ってみると、全てが「よい方向」へ向かい、全員が、笑顔で、健康で、楽しい毎日を過ごして終えることができました。



 保養を無事に終え、ホッとし、家族と新年を迎えていた時に、今回の能登半島地震が起きました。

あれからもう10日が経過していますが、今もまだ揺れは続き、行方不明の方たちもたくさんいます。

報道などを観るたびに、胸が痛み、切なくなります。

 そして志賀原発が、どのような状態になっているか?本当のことはよくわからず、でもやっぱり地震が起きる度に思うことは、「安全」や「安心」できる要素はどこにもなく、原発に、もしも何かあったら避難をするための道路も寸断され、やはり逃げることはできないのだなということも、今回の地震でよくわかりました。


 福島第一原発事故から、もうすぐ13年が経とうとしています。

「もう福島支援は必要ないのでは?」という声もあります。

もちろん「もう大丈夫です!」という声を聞くと、それはよかったな、、、と思います。

けれども「やはり放射能が心配です。」「子どもの健康などが心配です。」という声も届きます。

その声が届くかぎり、私たちは、この「保養」を続けていくつもりです。

「福島の子どもたちをただ楽しませているだけでは?」

そうなんです笑

とても楽しく過ごさせています。

ほとんどが「子どもだけ」「子ども中心」の場所です。

保護者もいないし、口うるさくいう大人は私くらいで笑

そりゃもう、のびのびと、楽しく過ごしています。

だけどそれは、いいことなのでは?

子どもが元気いっぱい、大笑いして、遊んだり、勉強する子もいて、美味しく食べ、よく寝て。

心も体も元気になってもらうこと。

全員が「夏休みも保養に参加する!」といって帰っていきます。

 以前私が観た、チェルノブイリのドキュメンタリーの「保養」の場面。

喉、関節、頭などが痛いといって、辛そうな顔をした子どもたちがベッドに横たわっている姿がありました。

「日本もこうなってしまうのかな、、、」と、とても悲しくなりました。

たぶん、そうなってしまった子もいると思います。

原発事故後に、甲状腺がんに罹患した子なども多くいて、手術や投薬、治療が必要になってしまった子もいると思います。

 今そのドキュメンタリーのような状況には、私たちの保養はなってはいません。

保養に来ている子どもたちは、元気いっぱい、楽しそうです。

元気いっぱいだからもう必要はないのではなくて。

これから先もずっと、元気いっぱいに過ごせるように、健康に成長してもらうために

北海道に来て、健診をしてもらって、元気に遊んで、よく寝て、食べる、そのために保養を続けていきたいと考えています。

福島の原発事故や放射能の心配を「無かったこと」にしたくないし、今もまだ事故の処理は収束していないのに「終わったこと」にはしたくないのです。

「必要です」という人が一人もいなくなるまで、続けていきたいと思っています。



 とはいえ

小学校2年生くらいで、お父さんやお母さん、家から遠く離れ、一人でやることもたくさんあり、ホームシックになってしまう子もいます。

私の子どもたちも、その年の頃に母親の私と長い間離れ、元気に楽しくやれたか?と想像すると、難しかっただろうし、私も寂しく心配だっただろうなぁと思います。

今回は、夜になると、とても寂しくなり、私や娘の由羽と一緒に寝てほしいと言ってくる子もいました。

夜中に泣いているその子をみていると「もう夏休みは行かないっていうかなぁ」と思っていました。

ところが福島に帰ってから、毎日のようにラインが来て「夏休みも一緒に寝てね!夏休みも行くね!」

と言っています笑

あんなに寂しい思いをしても、「また行く!」と言うんだなぁと、少し驚きましたが

子どもたちが「また行きたい」と言ってくれる保養にできてよかったと改めて思いました。


 保養の期間中のことを思い返すと、今回もまた私怒ってばっかりだったなぁ、、、など

反省点ばかりなのですが。

でもまあ、24名全員の責任は私にかかっていたのだし

そりゃ、きつくもなるか!

そして、それでもやっぱり誰よりも頼りにはされているのだという自負もあります。

あれもできた、ああしたほうがよかった、いろいろ思うこともあるのですが

「無事終わったしよかった!」と、肯定して前へ進むことにします。



皆さん、本当にありがとうございました。



















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