top of page

NO to YES!です

今回の旅② 南三陸町 ホテル観洋

  • 2023年4月21日
  • 読了時間: 2分

 石巻市で、大川小学校と南浜・門脇ツアーの二箇所を語り部の方と共に歩き、終わったのは16時頃。

そこから車で約1時間半、南三陸町へ移動し、その日宿泊する「ホテル観洋」に到着しました。

なぜこのホテルにしたか?というと、海に面したこのホテルで、毎朝、宿泊客向けに「語り部バスツアー」というツアーを実施しているからです。



立派なホテルでした。温泉も、特に女性のお風呂の露天風呂からの景色とか広さとか最高でした!

太子くんはずっとサウナに入っていたそうで、館内ですれ違うたびに汗だくでした笑


館内に展示している震災の時の記録を見るだけでも、いろいろなことを知ることができます。

泊まった部屋は海に面していて、ここも素晴らしい景色で、東側なので日の出を見ることもできます。


翌朝の「語り部バスツアー」の参加は1人500円

ホテルの大型バスは満席でした。


このホテルの語り部は10名程いるのだそうです。

この日は、伊藤さんという方がお話ししてくれました。


ホテルからすぐの場所にバスが停まり、高台を指してくれました。




この場所には震災まで「志津川小学校」という小学校があったのだそうです。

この小学校では避難経路は、道路を隔てた向かい側の高台への避難だったそうですが

その当時の校長先生が、そこまで行かなくても、学校の屋上へ避難する経路に変更しようとしていたそうです。

けれども職員会議のたびにモメたのだそうです。

その小学校の教諭の中に、1960年に起きた「チリ沖地震」の経験者をした女性の先生がいて、その先生だけが「津波が起きたら、建物の屋上では絶対にダメだ」と譲らなかったのだそうです。

けれども、1年間以上難航し、結局は校長判断で、避難場所は屋上へということになったのだそうです。

 しかし震災が発生し、小学校も大きく壊れ、「高台へ避難」という防災放送を聴き、すぐに当初の避難場所であった学校の向かい側の高台へ避難、そこでも危ういということで更に高い場所にあった神社へ避難して助かったのだそうです。





その後、ホテル観洋が運営していた「高野会館」という場所へ移動

3月11日、この日、この場所では老人の方たちの「芸能大会」のような催しがあり、楽しく過ごしていたのだそうです。そこで地震が起き、働いていた職員の方たちは、そこにいた方たちを家には帰さず、屋上へと誘導し327名が助かったのだそうです。



さて

最後のまとめです。


すみません、また「つづく」です。


つづく

関連記事

すべて表示
大きな決断 その2

こんばんは☆ りんちゃんをカラオケ屋さんに迎えに行ってきました。 「最高な1日でした!」と言っていました笑 それはよかったですねぇぇ。 その1からのつづきです。  結論を言うと「今年度で保養を一旦休止にしようと思います。」  まだ、昨日発送した、ご寄付や会費のお願いを受け取っていない方も多いと思います。 その中には、今後も保養が必要ですと書いているし、続けていきたいと思っていることも書きました。

 
 
大きな決断をしました。その1

新しい年度になり、今年の保養の日程も決まりました。 もしかすると、もう今日あたりには、今年の保養のための会費や寄付のお願いを 昨年寄付してくださった方へ郵送したものが届いている方もいるかもしれません。 まずは、皆さんに、2026年の保養のお願いと題して書き、発送した手紙の内容を載せます。 「お元気ですか? 北海道は、雪が融け、今年は桜が咲くのが早いようです。  今年も、福島の子どもたちの保養を

 
 

アーカイブ

タグから検索

bottom of page